東京高等裁判所 昭和28年(う)3090号 判決
被告人 石井勇
〔抄 録〕
論旨はその前段において、被告人に自ら本件印章を行使する目的はなかつたのであるから被告人は印章偽造罪に問擬される筋合のものでないと主張する。然しながら原判決の挙示する関係各証拠を綜合考覈すると、被告人が熱海義広なる者より約束手形の件について不正に使用する事情を打明けられて判示印章四個偽造方の依頼を受けて承諾し、これを偽造した上熱海に引渡し、その際同人よりこれが報酬として金七万五千円を受取つたこと並びに右熱海が被告人の偽造した判示偽造印四個を更にその依頼先の野本敏郎に引渡したところ右野本は該偽造印を使用して金額二千八百万円の約束手形につき株式会社横浜興信銀行一色支店次長小菅新一郎名義の手形保証書を偽造したことを確認することができる。即ち被告人は自ら行使する目的はなくとも、熱海若くは他の何人かが不正に使用することを充分に認識しながら判示印章を偽造したことが明らかに認められる。然り而して刑法第六十七条に所謂行使の目的を以て他人の印章又は署名を僞造すとは行為者自らこれを使用する目的を有する場合は勿論特定人又は広く何人かが使用することを認識しながら敢てこれを僞造した場合をも包含する法意と解すべきであるから、本件の場合被告人が原判決のとおり法律に所謂行使の目的を以て判示印章を僞造したものであるとして印章僞造罪に問擬されて、然るべきことは当然の事理に属し何等違法の点あるを見ない。これを要するに原判決の判示事実はその挙示する関係各証拠によつて優に肯認するに足り、その他記録を精査するも原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認乃至擬律錯誤の点はないから論旨は理由がない。